ムーミン
作家の中には、その天賦の才能を駆使して、細部にいたるまで完璧な世
界を作り上げ、そこに自らの想像から生み出したキャラクターたちを住
まわせることのできる人がいる。中でもキプリング (Rudyard Kipling)
やトールキン (J.R.R. Tolkien)、リチャード・アダムス (Richard Adams)
らがそのジャンルの大家である。アーシュラ・ル・グイン(Ursula Le
Guin)から漫画家にいたるまで、さまざまなファンタジー作家がこの昔
ながらのジャンルに名を連ねているが、中でもムーミントロール一家と
その仲間たちの世界を作り上げた、フィンランドのトーヴェ・ヤンソン
(Tove Jansson) の名はひときわ輝いている。ヤンソンの世界は、奇妙
でちょっとスリリング、そのうえ愉快で親しみやすい。
丸ぽちゃで元気いっぱいのムーミントロールは、トーヴェ・ヤンソンの
少女時代に家族との他愛ない会話の中から生まれた。当時のムーミント
ロールは、少しほっそりしていた。後になって、ヤンソンは雑誌の挿絵
の仕事をするようになり、自分のイラストの下にサイン代わりにムーミ
ントロールを描きだした。1940年代に作家として出発するまで、トー
ヴェ・ヤンソンはずっと画家として仕事をしていた。両親のどちらもが
フィンランドで有名な芸術家という環境の下でヤンソンは育ち、またそ
の素質を受け継いだ。
トーヴェ・ヤンソンは初期の頃、本の中で子供達に向かって語りかけて
いるため、主人公のムーミントロール自身もまだ幼い。ムーミントロー
ルの最初の話は、行方の知れないムーミンパパを探して、ムーミントロ
ールとムーミンママが世界を冒険するというものだ。世界と言っても、
それは彼らのごく身近な近所で、ほんの2、3日の旅だった。彼らの巡
ったところは、やがてムーミン谷と呼ばれるようになった。その世界は
地球上のどこかによくある田舎の風景にそっくりで、普通の人々が住ん
でいそうなたたずまいだ。しかし、それは同時におとぎ話の世界の風景
でもある。こんなに変化に富んで,おかしなことがたくさん起こる谷に
は現実にはお目にかかれない。
ムーミン一家とその仲間たちについても、同じことが言える。彼らの考
え方や話し方、人との接し方は驚くほど人間に似ているときがある。実
際、彼らについてのすべてがその格好以外は、最良の意味できわめて人
間的である。ただ姿が似ていないので、彼らが人間ではないことがわか
る。彼らは人間の退屈な日常に縛りつけられていない分、人間の良い面
だけを体現しているのである。
トーヴェ・ヤンソンの物語は次第に勢いづいてきて、ムーミン一家が一
体どのようにして誕生したのかについても書かれている…。目には見え
ないけれどムーミンの祖先は人々と同じ世界に一緒に生きていたそうで
ある。北欧では、昔どこの家にもあったとても重要な背の高いストーブ
の、裏側の人のはいれない隙間で過ごしていたのだそうだ…。フラフラ
と外の世界へ出て行ったムーミンパパが自力で建てたわが家が塔のよう
な、背の高いストーブのような形をしていた訳もこれでわかる。
ムーミンパパは孤児で、両親については何もわからない。ムーミンパパ
は孤児院で育ち、自由と冒険を求めてそこを飛び出した。「ムーミンパ
パの思い出」の中で、後にムーミンパパは、友人たちに自分の旅につい
て物語っているが、彼の若い頃の出来事がすべて記憶通りであったかど
うかは疑ってかかるべきだろう。ムーミンパパは嵐や風の強い日が大好
きだった。彼の最後の、そしておそらく最大の冒険は、ある嵐の夜、海
の中から、のちのムーミンママを救い出したことである。それから彼ら
はムーミン谷に移り住み、家族をもうけた。
彼らにはムーミントロールという一人息子がいただけだったが、家族は
どんどん増えて行った。ムーミンやしきにはスノークとその妹のスノー
クのおじょうさん、それに若き冒険者スナフキンが一緒に住んでいた、
とムーミンの原作の第一巻「楽しいムーミン一家」には書かれている。
彼らがいつから移り住んできたかはわからないが、この物語の中で家族
はさらに大きくなって行く。「楽しいムーミン一家」の中では、みんな、
ムーミントロールの遊び仲間だ。彼らは、言ってみればベビーシューズ
をはいていた頃から次第に成長して行く。もっとも実際に靴をはいてい
るのはスナフキンただ一人なので、こういう表現が適切かどうかは知ら
ないが。彼は自由と孤独を愛するさすらい人なのだ。
「ムーミン谷の彗星」と「ムーミン谷の夏祭り」の中での彼らは、みん
な可愛らしく愉快で、無邪気な冒険をしていた。しかし、ムーミンの最
初の本が出版されてから10年後の1957年に、トーヴェ・ヤンソンは
実験的に少々違ったテーマに取り組み始めた。その年の「ムーミン谷の
冬」の出版により、ヤンソンは幻想文学へと見事に方向転換した。これ
は、子供や孫たちに楽しく読んで聞かせながら、同時に大人さえも魅了
するほどおもしろい作品となった。
ムーミン一家は、冬の間は冬眠する。エゾ松の葉をたらふく食べて、雪
と氷に閉ざされた、寒くて暗い季節の間は眠り続ける。ところが「ムー
ミン谷の冬」の中でムーミントロールは、どういうわけか眠れなくなっ
てしまい、みんなの眠っている家を抜け出してしまう。そしてムーミン
トロールはこの冬の間に、変わった生き物や今までは存在すら知らなか
った人々に出会う。彼らは子供のムーミントロールが本当には理解でき
なかったいろいろなことを教えてくれた。寒くてきびしい、多くのこと
を学ばせてくれた冬が過ぎ、ムーミントロールは一歩大人へと成長した。
残りの家族もだんだんと複雑になって行く。一人一人の性格がかなり明
確になり、家族同士で意見が食い違う場面もたまに出て来るようになる。
「ムーミンパパ海へ行く」で、一家は無人島への長い旅に出る。その中
で彼らは行き違いを起こしてギクシャクしてしまうが、ついには思いや
りを取り戻してうまくやっていくようになる。一方、ムーミン谷の外か
らやって来たいろいろなお客さんたちが留守の間のムーミンやしきに住
みついた。「ムーミン谷の11月」は、この住みついたもの同志が似た
ようないざこざを起こしながらも、なんとか折り合いをつけて、ムーミ
ン一家が帰って来るのを待つというお話である。
そして、これこそがトーヴェ・ヤンソンがムーミンシリーズの中で、そ
れとなく投げかけるメッセージである。仲間のことをよく考えて、お互
いの違いを理解しよう。つまり、思いやりと共感が大事だと。しかしな
がら、ムーミンたちはこんな勿体ぶった、抽象的な言い回しはしない。
毎日の穏やかな暮らしや危険な冒険の中で、彼らは言葉ではなくそれぞ
れの個性的な行動でメッセージを投げかけるのである。
誰一人として性格のまったく同じ物はいない。すばらしく優しくて賢い
ムーミンママ。情にもろくて、ちょっと向こう見ずなムーミンパパ。主
人公のムーミントロールは正直者だが、少々騙されやすい。独立独歩の
スナフキンは誰にも束縛されず、気ままに生きる、みんなの憧れの冒険
者。おしゃまなスノークのおじょうさん。一方おしゃまさんは感情に流
されない、かなりの現実家。ミイは頑固なかんしゃく持ち。スニフはお
くびょうでけちんぼ。フィリフヨンカは内気なおばさん。その他大勢。
忘れてはならないのがぼんやりしているが、マイペースのヘムレンさん。
そしてもちろん、トーヴェ・ヤンソンは彼ら全員の友達である。ヤンソ
ンは周りの人々や親類の中にムーミンたちのキャラクターを見いだして
いる。そして彼らの愛すべき癖や欠点をよく知っているのである。彼女
は仲間になること、そして仲間はずれになることがどういうものか、よ
く知っている。大人向けの短編作家として、彼女はこのようなテーマを
数多く取り上げてきた。
すべてのフィクション作家がそうであるように、トーヴェ・ヤンソンも
自分自身のことを描き、自分の世界観を描く。家族や親類、画家仲間や
友人が、作品の中の人なつこいキャラクターの中に見え隠れする。作品
には、現実の平和なフィンランドも反映されている。しかし、田園風景
の広がるムーミン谷の周りには危険がいっぱいだ。ヤンソンは自分の子
供時代に父親から受け継いだ気質から、好んで天変地異や恐怖をいつも
作品に盛り込んでいるからである。
社会的背景もトーヴェ・ヤンソンの作品の一部を成している。ヤンソン
は、フィンランド人の中では極めて少数派のスウェーデン語を話すフィ
ンランド人の一人である。フィンランド語が優位を占める環境の中で、
スウェーデン語で考え、生活し、書く。このような位置にいると、人間
はそれぞれ違っているということに気付く。人はいろいろな習慣、外見、
さまざまな権利を持ち、外面からも、内面からも眺めることができ、寛
容とヒューマニズムがとても大事であることがわかるのである。
こういったすべての要因は、トーヴェ・ヤンソンを一地方の作家にとど
めておかなかった。ヤンソンはフィンランドどころか、世界的に有名な
作家である。本の中に描かれたムーミン谷は、少なくとも25カ国語に
翻訳されて、世界中の読者が「訪れる」所になっている。誰にとっても、
まったく自然な世界なのである。TVアニメは、さらに何百倍もの人々
の目に届く。もし、あなたがTVアニメのムーミンしか知らないのなら、
いや、TV版もとても面白いけれども、原作も読んでみていただきたい。
お気に入りの一冊となっていつまでも本棚に乗っていることだろう。も
っとも、誰かが借りていってうっかり返し忘れたりしなければ。
著者:トーマス・ワーバートン(Thomas Warburton)
作家(1992年)
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